2016年の屋久島2日目 - 縄文杉

縄文杉との再会

前回いったときは体力の有り余る23歳の頃。それでもそれなりに疲弊した覚えがあったので、若干ビビりつつ朝の3時半に起床して身支度を済ませ、4時に迎えにきてくれるガイドさんを待ちます。

今回の縄文杉までのガイドをお願いしたのは、7年前にもお世話になった美屋久のなんなんさん。当時、よくしていただいた覚えがあったので素直にリピーターになりました。(といっても間が空きすぎだけど...)

荒川登山口からスタート

宿が縄文杉の入り口になる方面からは遠い位置にあり、30分ほど車を走らせて登山口へのバスの発着場に移動。そこから登山バスに乗り換えて、荒川登山口に向かいます。

登山バス乗り場しかり、荒川登山口しかり、7年前にきたときはなかった小屋やトイレなど設備が明らかにアップグレードしていました。文明の力を感じます。


荒川登山口に立つ注意書きなど


前日に手配していた朝と昼の弁当を宿で確保していました。早朝弁当は指定場所に放置されているので勝手に回収します。登山弁当AとBの違いは、おにぎり3つか、おにぎり2つ+お饅頭かの違い。女性はボリュームの少ない後者がおすすめと言われましたが、現物を見る限りおにぎりと同じサイズの饅頭だったので、ボリュームという概念がアテにならない学びがありました。


宿に手配してもらった朝と昼の弁当4人前


とりあえず朝の分の弁当を荒川登山口で出発前に食べて、荷物を減らして胃にエネルギーを叩き込みます。やはりというか、味が濃い。どうせ汗でナトリウム噴き出すので良いんですが。


おかずの味が濃い朝弁当


前半の道のり

いよいよ縄文杉への道のりが始まります。天気は曇りときどき雨といったところ。レインウェアだけでなく靴、ザックなども耐水性がある装備をしているので道中を通して傘をさすほどではありませんでした。

トロッコ道

このトロッコ道がそれなりに長く、屋久島里程標 - 荒川登山口~縄文杉を参考にする限り 8.1 km の道のりです。緩やかな昇り道になっていて、300m くらいゆるゆると標高を稼ぎます。

序盤はさすがに全員余裕そうですしたが、トロッコ道が単調すぎて眠気に誘われまくっていたのが私です。さすがに早く起きすぎだよ...。


枕木の上を渡り歩く山中のトロッコ道


寝ぼけて足を踏み外したら確実に死ぬな?という欄干がない橋が、ところどころに点在しています。下の写真はあまり高さないように見えますが、実際にはそれなりの殺傷力を備えた高さがあります。


欄干のない橋


途中、かつては集落があった土地を通ります。住居の基礎や開けた土地があるので、人類の形跡を感じることはできますが、建物などは綺麗に撤去されているので草木がモジャモジャしています。


集落の学校があった跡地


大株歩道入り口

トロッコ道を踏破し、いよいよ 2.5 km の間に 400m 登ることになるハードな山道に突入します。

が、このとき母の体力が既に限界へ。相談した結果、母はここで好きなだけ休憩してから引き返すことに。事前にハイキングとかで体力を見ていたのですが、平地なら 10 km くらい普通に歩けるけど、高低差や速度がついてくると途端にしんどくなる傾向があり、体力を読み誤ったわたしのミスです・・・。すまん母よ。

ハードな山道

ここからアウトドアらしいトレッキングコースになり、周辺の自然もスケール感がおかしくなっていきます。大株歩道入り口から山道に突入した直後から数分は、足場の悪いところを急激に登らされます。写真におさめる余裕があるのは比較的安定した地形でしかないので、実物はもうちょいハードです。


山道をガイドさんの後について歩く


前回来たときに立っていたはずの翁杉は、数年前のなんでもない日に突如ポッキリと折れてしまったそうです。育ちすぎた巨木は強烈な台風などの日によく樹の上部をもっていかれるそうですが、コイツは本当にポッキリ。中が弱っていたのだろうとのこと。

当時の写真を漁ったら、健在なころの翁杉の前で記念撮影してる俺がいました。


数年前に折れちゃった翁杉


恒例のウィルソン株で、切り株の中からハートを撮影。各自同行しているガイドさんに教えてもらわないと、なかなか見つけられない角度だったりする。

ウィルソン株はアーネスト・ヘンリー・ウィルソン氏が広めたが故の命名だそうで、1910年代に2回も屋久島の奥地に訪れたのだとか。大変だったでしょうな...。今ではウィルソン氏を研究してる現代人も訪れるそうです。


恒例のウィルソン株


なんだかんだで歩きやすいようにところどころ木の板や階段が敷いてあるものの、そもそもの傾斜がめちゃキツいとか、木の根で作られた天然の階段がめっちゃ滑るので慎重に足を運ばないといけないとか、あらゆる手段で人類の体力を削ってきます。

地獄の1丁目〜3丁目と名付けられた階段群に挑みながら思ったのは、階段だとどんなに傾斜がキツくても、みんな階段らしくシャキシャキ登ってしまうから疲れるのだろうなぁと思いつつ、四つん這い気味に登る奇行を実施しました。前方を歩く妻は余裕がなさすぎて、奇行に気づいていなかったそうです。


昼飯スポットの広い空間に立ちこめる霧


ハードな山道で急激に体温を上げたものの、昼食スポットで休憩する頃には大分登っているので気温も低く、動かないとあっというまに冷えていきます。レインウェアの上着を防寒具代わりに羽織って飯を食います。

昼のお弁当はおかずが増えて良い感じ。野菜が食べられると喜ぶ日本人です。ガイドのなんなんさんが味噌汁を入れてくれるので、これで体温を保たせます。


やはり塩分高めのお弁当


このあと目的地である縄文杉まであとちょっと、という感じでラストスパートをかけます。登りっぱなしでさすがに疲労感がみえるものの、気合いで縄文杉に向かう家族たち。今回は一番後ろを歩くようにして各位の様子を眺めていた自分は思ったより余裕な感じでした。後日談的には、筋肉痛の恐怖もありましたが足のスジがちょっとだるい程度で済みました。


道中にある苔に包まれた倒木


なんなんさんの後を、がんばってついて歩く父と妻


縄文杉さんこんにちは

ということで縄文杉に到着です。トロッコ道でペースダウンしたのが影響して、出発から6時間以上経っていて、その日の縄文杉を目指すチームとしては大分うしろのほうで到着しました。

いまいちスケール感が伝わりづらい写真ですが、ざっと 3,000〜5,000 年くらいの樹齢と推測されていることもあり、直径 5.2m とまあデッカいです。


縄文杉


縄文杉の展望デッキも7年前から改修されたらしく、当時のデッキが一部削り落とされた代わりに、縄文杉との距離が遠くなった新しいデッキが接続されていました。さらに新しいデッキをつくる計画もあるそうですが、まあ何というか。

しばらく写真をとったり眺めたり休憩したりしてから、来た道を引き返すべく出発。帰路にさしかかってほどなく、数分だけ太陽が顔を覗かせてくれたので晴れた日の森を垣間見られました。

帰り道、あと半分がんばろうな!!

縄文杉に会えたら、あとは自動でセーブポイント(荒川登山口)まで戻りたい気持ちがありますが、そこまで文明が発達していないので素直に歩いて戻ります。

来た道をそのまま戻るだけです。基本は下り道ですが、ところどころ登る箇所も。


木の根を登る帰り道


帰り道も意外と元気だったのは父。帰りの登山バスの都合もあり、やや早めのペースで降りていったのですが、なんなんさんの後ろにちゃんとついて行けていました。

もうちょっとヘバってくれると思ったのですが、終盤こそ足が辛そうな雰囲気があったものの、全体的には元気に動いていました。これもある意味体力を読み誤った...。尊大な父を打ち負かせる機会は訪れるのだろうか!


山道と思いのほか元気な父


妻は下りの道で膝の筋肉が崩壊したらしく、なんなんさん&父から大きく離されつつゆっくり降りてました。いよいよ限界が近そうです。というか足が短いから背が低いので階段を降りるときに足をおろすのが大変ぽかったです。

序盤から道中、切り株がチラホラ見受けられますが背の高い切り株は斧で叩き割っていた江戸時代のもので、写真のように根元からざっくり斬られているのはノコギリが普及した時代以降のものだそうです。


無闇にデカい切り株がゴロゴロしている


倒木や切り株によって森の中に日差しが入るスポットができると、その倒木や切り株の上につぎの世代の杉が根付いて新しい樹が育ちます。これを倒木更新または切り株更新と言い、三代杉と呼ばれる個体は1代目が1,200年、2代目が1,000年、3代目が350年という推定樹齢で脈々と巨大な樹を成しています。

無事に帰りついた

帰りの山道を突破したあとは、ひたすらトロッコ道を歩くだけ。ゆったりとした下りを歩くだけなので、全員ハイペースに踏破。荒川登山口まで戻っていた母と合流して帰路についたのであります。

宿に送ってもらったら速攻で風呂に入って汗を流し、夕飯でビールをキメて、きもち早めに就寝。サバの刺身や、トビウオのすり身揚げなどが出た。


夕飯うめぇ